2015年12月末、富山県の音川(おとがわ)という町を訪れました。私は当時、依頼主の“大切な記憶”が宿る場所を一緒に旅して、その旅の記憶を豆本に綴じて贈る「掌(てのひら)の記憶」という一風変わった“記憶を辿る旅”を始めたところ。その最初の旅が大阪で出会ったなおみさんという同年代の女性からのご依頼で、彼女の故郷・音川で暮らす93歳のおばあさまを訪ねた旅でした。

大阪駅から高速バスと車で計7時間。翌朝目覚めると窓の外は一面の雪景色で、川の音が響く心地よい静寂が町を包んでいました。

この音川で3代続くお豆腐屋さんを営まれていたおばあさま。82歳で店を閉め、道具の大半はお弟子さんに譲られていましたが「豆腐場」と呼ばれるお店のあった1階の残っていた道具などを見せていただきながら、豆腐作りから配達までこなしていたおばあさまの記憶を一緒に辿りました。

滞在中は思い出の品をたくさん見せていただきましたが、一番心に残っているのは最終日の夜、炬燵に入っていた時おばあさまがふっと話かけてくださった「昔はお金があっても買えんが」という言葉でした。

戦争中は赤ちゃんのおむつの布が足りなければ母親の浴衣をほどいて使い、やっと手に入った煮干し一袋を集落の皆で少しずつ分け合っていた。愛情という形に変えて消えていったものもたくさんあることをそっと教えてくださった言葉でした。その後30近く本づくりの旅を続けるなかで、依頼主の方の記憶に触れる時はいつも大切にしている言葉です。

お預かりした記憶を大阪に持ち帰り、音川の雪色に染めた紙で豆本に綴じて贈りました。この旅がきっかけで音川は私にとっても第2の故郷になり毎年帰省しています。

“大切な記憶”をともにする旅、そこから育まれるあたたかな交流。そんなささやかな温もりが広がってゆくことを願って「思い出の旅」として記します。

(藤田理代)